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師弟の絆

この日、長い1週間を慰労しようと一人居酒屋をしています。

見た目と違い、大酒のみでもなく、居酒屋のメニューが、炭水化物の除去食として私が勝手に認定しているからです。

20131018-DSCF1184.jpg

夕食を済ませ心地よく、帰宅しました。


さて今日は、敬愛する師匠のことに触れたいと思います。

このブログでも、最近、「恩師」という言葉で登場する方です。

やや男くさい話になるかと思います。


師匠と出会ったのは、確か20年ほど前でしたか。当時の職場での出会いでした。
風貌はまるでやくざかいなという風貌で、プロレスラーのような大きな体格の方でした。
孤高の方で、ほとんど周囲と交流らしい交流がないようにもうかがえました。

その方の後輩でもある別の先輩が私をよくかわいがってくれました。
私の職務遂行上での一人立ちを陰で促してくれていた先輩でもあります。
この人も忘れがたき、先輩です。
当時、この3人でよく飲み明かしたことを思い出します。

当時、師匠なんて到底思えず、ただ怖い先輩でした。難しい顔で睨み付けるし「しゃべりかけんなよ」オーラ全開の方でした。
仕事で懸命に努力していても、すべて見透かされているような、ちらっと見られただけで意図や考えの浅さを見抜かれる恐怖はいまだに思い出します(笑。トラウマではありませんがw

この二人の先輩にいつしか憧れ、追い越せ、追い抜けと(到底、無理なんですが)
獅子奮迅の努力が、今の私の屋台骨です。
後姿から盗んで、学ぶという古来からの方法です。2人の師匠が私の技術的な進歩を促す牽引でした。
とにかく対照的な2人から学んでいく中で、自分の技術が向上したり、目覚ましい結果が出てくることに歓喜しながら走り続けていました。まるで馬の目の前に人参をぶら下げたように走りっぱなしでしたから。

当然、憧れますから、スタイルが似てきます。
いつしかおっそろしい顔で、腕を組み(私も実は体がそこそこごついので)周囲の人から少し怖がられるような存在になっていったのかもしれません。屁理屈、能書きを口にする方々に対して、陰に陽に非常に攻撃的だったような気がします。とにかく突っ張って、俺様状態でもあったことを深く反省するところです。


最近になって当時の後輩(今は私よりも重責を担う方です)と飲みましたが、
「あの当時は怖かったし、今こうして二人で飲めるなんて夢にも思えなかったです。話しかけられただけでも驚きでした。時間は人を変化させるんですね」と述壊していました。もちろん謝り倒しました(笑

いろんなことが様々ある中で、このままではいけないと思い当たり、現在の私を構築していきました。
こだわりが薄れ、一人突っ走ることもなくなっていきました。まだその傾向は取り切れていないのですが、そのことを指摘してくれる仲間に感謝しているところです。

年齢を重ねることもそうでしょうが、病気をしたことも大きな要因かもしれません。
関わり合う人の気持ちをよく理解しないとうまくいかないことが多くなったり、キャッチするアンナテの性能がもともと良かった??ことも挙げられます。

また、その後、職場の異動で様々な天才と出会います。まったく自分とは違う経験、物事を見る観点や技術を駆使する姿に学ぶことも多かったような気がします。環境と新しいで出会いの中で、昔の方法とは全く違うやり方で、新しい時代に対応した、でも昔と同じレベルで結果を出せる自分への挑戦が始まりました。



恩師の話に戻ります。

最大に尊敬していた恩師とは、当時の職場を離れる際にもめてしまったことがあります。
人の気持ちを、良いように利用するなと詰め寄ったことがあります。
「私たちは、あんたのしたいことをするための駒ではないんだ!」
もちろん、弁解、弁明などする人でもなく。。。

それっきり10年ほど、恩師とは疎遠になりました。


現在の職場で十数年ぶりに再会をしました。
すっかり変わってしまった恩師の姿に驚くきました。定年間近な恩師でした。
それなのに半年、まともな会話もなく時間が過ぎてゆきました。

私以上に喧嘩っ早く、怖くて、くだらない奴は相手にしないという後姿を見てきた私から見て、恩師の変化は驚愕でした。
柔和で、若い方にも優しく、昔では考えられないような下働きをしている姿を目の当たりにして、何度も涙しました。絶対にすることのなかった仕事を自ら率先して取り組む姿に何度も涙しました。

言葉はいらない、ただその姿が、あなたの答えなんですね。

あるイベントが終了し、その反省会に出席しました。私自身、かなり厳しい状況があったのですが、別の後輩の心遣いのおかげで出席がかないました。<ありがとう


そこには、痛風で痛んだ足を引きづりながら参加している恩師。
普通なら挨拶だけで終わっても良いレベル。中心者の労をねぎらうために無理しての参加のようでした。
大酒をかっくらい、フラフラになりながら言葉少なかった恩師が、目の前でウーロン茶をすすり、イカやヒレをあぶり、若者に配っていました。「お茶、うまいねー」「酔っ払ったら、酒でも水でも一緒だからなあ」

「もういいです、やめてください。わたしがやります」
なんども心の中で叫び、私がやろうとすると、遮られました。

恩師の心がわかり、10数年の隔たりは一気に超えて、あの当時と同じ時間のようでいて全く違う時間が瞬く間に過ぎてゆきました。恩師はやはり恩師です。今どきの若者は当時の恩師を知りません。ただのすごいおじさんとみているのでしょうか。時折、生意気な、失礼な発言ともとれる言葉が耳に入ってきます。
私の表情の変化に気づいた恩師が言いました。

「だんだん年取れば、気にならなくなるもんだよ」


早めに帰路につく恩師をエレベーターに乗せ、最大限の礼節をもって見送りました。

この話を読んで、ある人はこう思うかもしれません。
「頑固おやじが、歳食って、丸くなっただけでしょう。」

そうかもしれません。



多くの言葉は必要ではなく、その後ろ姿から学ぶ。

最後まであなたは、私の最高の師匠です。最後まで。

あなたから、お前は俺の弟子だ!なんていわれたこともありません。

だけど、あなたは私の師匠です。

真の弟子とは、後継の異名です。

私はあなたのように器も能力もありません。あなたのように偉大な人にはなれないですが、

あなたに誇れる少しの仲間がいます。助けてもらいながら頑張っています。


小さな小さな人間ですが、でも師匠の後姿から、もう少し、勉強させてください。
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[ 2013/10/19 07:24 ] その他 | TB(0) | CM(2)

葉月さん

すみません。息がつまって言葉、文章になりません。
ありがとうございます。一言だけで、すみません。
[ 2013/10/19 09:21 ] [ 編集 ]

おはようございます。
いつも早起きでいらっしゃるのですね。

>居酒屋のメニューが、炭水化物の除去食として私が勝手に認定しているからです

言われてみるとそうですよね?深く頷きました(笑)

へーじさんが敬愛されている恩師の方のお話を
聞かせて頂き男の方っていいなぁ・・・って思いました。

「いつでも“誰か”という存在が自分であることを教えてくれる。」という私の好きな言葉があります。

年齢を重ねる毎に昔言われていたことやその方の姿勢に
気づくことばかりです。

耳を傾ける事もしなかった頃に比べると
今は先輩の言われることが真実なんだと素直に思えるようになりました。

周りの方に生かされている事に「おかげさま」と感謝です。
[ 2013/10/19 08:04 ] [ 編集 ]

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